昨日の記事を読んで、Sさんがちょっと心を痛めてるようです。
いや、金銭的余裕がないのは私が無職のせいで、世の中には共働きで二人三脚で家計を支えてる夫婦もあるわけで・・・ということを言いたかっただけなのですが・・・。
一馬力で頑張ってるSさんには苦労をかけます。
4割引のハーゲンダッツのアイスを食べてる時が今は何よりの幸せなので、これ以上は望んでないのよ〜。(弁解)
さてさて、
帰国直後〜最近まではフランス生活のことを振り返って思い出すことがなかったのですが、
このごろ、ふっと当時見た光景や人々が脳裏に浮かんでくることが多くて、
よく向こうでの暮らしを思い出しています。
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ストラスブールの凍り付くような冬の寒さ、
夏、早朝のパリのひんやりとした朝の空気や匂い、
一度だけ通りかかった小さな通り、
小さなアパートでのひとり暮らしの日々、
パリで知り合った人々との交流。
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来年以降は、きっと産まれてくる子供に振り回されることになると思うので、今のうちにその当時のことを、ゆっくり綴っておこうかなと・・・
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今日のお題は、「フランスびっくり体験」!笑
ん〜
渡仏したその当時は私もまだ23歳(帰国時は29歳)で、まともに就職した経験もなく、今思うと、見た目も考え方も非常に子供っぽく、
(考え方が子供っぽいというのは今も相変わらずですが)
きっと30歳くらいまで普通に生きて来た、普通の感覚の日本人が初めてフランスで暮らして感じるような
「何だそりゃ」とか「あり得ない・・・」といったような感情はめったに持たず、
深く考えずに「フランスって、こんなもんかあ〜♪」なんて、のほほんと受け入れつつ、流しつつ、暮らしていました。
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きっと、もともとの危険なまでに深く考えない適当な性格が、いろんな意味でおおらかなフランスに合っていたのかと、勝手に解釈・・・
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エピソードその①
「謎のおじいさん」
あれはまだ私が渡仏して1年未満、ストラスブールからパリに引っ越してから間もない頃・・・
ストラスブールで借りていた寮を引き払い、パリ在住の日本人女性のお宅を間借りして暮らしていました。時期は7月くらいかな?
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「さあー!パリのお菓子を食べに行くぞ!」と、朝から元気よく、ひとり光り輝くパリの街へ繰り出した訳ですが・・・
ある人気のない通りにさしかかって、ひとりのおじいさん(おじさん?)が、こちらをチラチラ見ながら私の前を歩いているのに気づきました。どちらかというと中東系っぽい風貌で生粋のフランス人ではないような。
そのおじいさんは、後ろにいる私から見えるよう、自分の腰あたりに後ろ手に腕を回しているのですが、
その手にはなんと!
お札数枚がヒラヒラしていたのです。
おじいさんは相変わらず、私の顔をチラチラと伺いながら、前を歩いています・・・
ホゲゲ〜!!
どういうこっちゃ??と思いました。
しかし、さすがに鈍感な私も、そのお金の意味するところはなんとなくわかったので、
そのおじいさんを猛ダッシュで追い越しました。
普通の住宅街の中の通りで、お天気のいい真っ昼間だったんですけどね・・・
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別に美人でもなく色気もない、あか抜けない中学生のような風貌の私になぜあのおじいさんは?一体あれはなんだったんだろう?と今でも疑問です・・・。
※パリは地区ごとに特徴があって、18区、19区、20区は比較的家賃も安いのですが、
治安に問題のある地区もあります。
露出度が異常に高く黒づくめのミニスカートの女の人(アジア系)があちこちに立っている、いかにも風俗街という場所も存在します。
あと、パリに引っ越す前の下調べでパリに来てる間、リュクサンブール公園でサンドイッチを食べていたら40代くらいのおじさんが話しかけて来て、語学学校の勧誘とかしてきて、うっとうしいから逃げたのですが同じメトロに乗って来て、ホテルまでついてきたおっさんがいました・・・最初のパリでは、変わったおじさんが多い印象。
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その②
「レストランで出火騒ぎ」
私がフランス生活最後に働いていたレストラン。
私はデザート担当で、その夜もそのお店のスペシャリテのデザートのブリュレ(砂糖の表面をバーナーでこがすこと)をしようと、バーナー(仏語ではシャリモといいます)のスイッチを入れました。
すると!
なんと開くはずのない蓋が吹っ飛び、炎が天高く吹き出したのです。汗
古くて、以前から調子が悪く、レストランのシェフもそのことは知っていたのですが...こんなことになるとは。
あまりの熱さにバーナーを床に落とす私。
床のバーナーはゴロゴロ転がりながらも、まだ火を吹き続けています。
幸い、どこも燃えることはなく、お店の人によってその火は鎮火されましたが。
手に火傷を負ってしまいました。(ビアフィン参照→)
さらに、営業が終わって、夜中に家に帰って鏡をみると、髪の毛の一部とまつ毛がチリチリになっていました。愕然・・・
火傷した手も痛くて痛くて、保冷剤を握りしめながら寝ました。
年末年始に遊びに来てくれたSさんが、納豆と共に持って来た保冷剤が、海の向こうでそのように役に立っているとは、日本にいるSさんも考えもしなかったでしょう・・・。
ほんと、火傷したのが手で、顔じゃなくて良かったとしか。(恐怖)
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その③
「鈍感すぎる自分」
パリに引っ越して間もなくの頃、ある日本人の友人のお宅での食事会に誘われて、知り合ったフランス人の男の子がいました。
年も近いこともあり、彼の職業はパティシエということで、彼も日本に興味があるということで、深く考えずメールアドレスを交換し、その後自宅に遊びに行って、彼の働くレストランのデザートを作ってもらったり、お菓子雑誌を見せてもらったりしていました。お礼に、私が日本食を作ってあげてみたり。
外国人の友達(しかもパティシエ)ができた!というような感覚で、です。
ある日、パソコンにメールが来たのですが、彼の恋心を匂わすようなことが書いてあるわけです。
うおお・・・そうなのか・・・なんでじゃ〜。
と、心底びっくりしました。
私は恥ずかしながらその時点で恋愛経験ゼロで、恋愛や男女のなんたるかもわかっておらず、メールを読んでも、ほんとにピンとこなかったのですが、つたないフランス語で丁寧に、恐る恐る「ごめんなさい」と逃げるようにメールしたのでした。
ん〜
これがある程度経験豊富な日本人女子だったら、家に呼ばれて美味しいお菓子を作ってもらった時点ですぐにピンと来て、ややもすると、キャッキャウフフな恋愛が始まっていたのかもしれませんね。
そのときお菓子のことで頭がいっぱいだった私は、そんなことに思いもよりませんでした。
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個人的にびっくりしたのはここからです。
帰国後、ふとその男の子のfacebookを見る機会がありました。
するとそこには!
彼と、彼の妻と思しきふくよかな黒人女性(華奢な彼の3倍くらいある・・・)と、さらにお子さんの幸せそうなスリーショットが!
おめでとう!の気持ちと、なんとも微妙なキモチに・・・
(ストライクゾーンが広すぎやしませんか?)。笑
人の人生って、不思議なものです。
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その④
これも似たような話ですが・・・
ほんとうに最初の頃の話。
日本からストラスブールに到着して、最初の3泊はホテルに寝泊まりして、それから探し当てたアパートに落ち着きました。
確かその時期、ちょうど小さな蚤の市が開催されていて、ふらふらと覗きに行って、古いけど安いタオルとかを購入しました。
後ろから何かささやくような声が・・・よく耳を傾けると「Bonjour...Bonjour...」。
小さな声で誰かが「こんにちは」と話しかけているようなのです。
「ヒイッ!誰?」と振り返ると、ちょっと浅黒い東欧系の顔立ちの、背の高い男の子でした。
知らない人から声をかけられるのが苦手で警戒するタチなので、フランス語もできなかったし、とりあえず「Bonjour」とだけ返してささっとその場を逃げました。
ストラスブールに住み始めのころはひとりでアパートを借りていたのですが、
そのうち友人のツテで、学生寮に移ることになりました。
洗面所は部屋にありますが台所は共有で、たまにパスタを茹でたり調理したりといったときは、そこを利用していました。
で、もちろん他の部屋の住人もそこを利用するわけですが・・・
なんとあのとき蚤の市で声をかけてきた男の子が、台所にいたのです。
最初の蚤の市から半年経ったころですから、びっくり。
もともと彼は日本に興味があったのか、
「君はキャプテン翼に出てくる女の子みたい(誰?)だね」
とか、いろいろ話しかけてくるのですが、適当にお茶を濁して自室に戻りました。
いや〜びっくりした・・・。
数日後、私の部屋の扉をトントンとノックしたのは彼だったのか・・・(ビビって出なかったけど)わかりませんが、それ以来会うこともなくストラスブールからパリに引っ越せたのでよかったです。
「今考えると、あれって、いわゆるモテ期というやつだったのかしら。」と勘違いしちゃう痛い私が居る訳ですが。
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しかし、私は一重で地味な顔立ちの上、ほぼノーメイクだったし、背は低いし当時はおかっぱで女の子っぽい格好もしなかったし、
男の子や恋愛は遠い未知の世界の話だったし、故にまったく興味もなかった・・・。
あるのはフランスのお菓子への強い憧れと、若さだけだった。(遠い目)
当時はブログもネット環境が整ってなかったし、たまに更新するブログを見て、こちらの近況を知る日本の両親にもあれこれ心配かけたくなかったので、今だから書けることですが、
外国生活はほんとビックリなことがいろいろあるものですね(しかし当の本人は、さほど変なことだとはそのときは思わなかったりする)。